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山口地方裁判所 昭和35年(行)7号 判決 1964年5月11日

原告 西田万徳

被告 山口県知事・国

主文

原告の被告山口県知事、同国に対する各請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、第一次的申立として、

「被告山口県知事が原告に対し昭和三五年五月一四日付指令農地第四二三号をもつてなした別紙目録(二)記載の土地にかかる同被告の昭和二四年三月二日を売渡期日としてした売渡処分の取消処分、ならびに同被告が訴外伊藤勝正に対し昭和三五年五月一四日付指令農地第四二三号をもつてなした別紙目録(二)記載の土地にかかる同被告の昭和二四年三月二日を買収期日としてした買収処分の取消処分は、いずれもこれを取消す。

訴訟費用は同被告の負担とする。」

との判決を、第二次的申立として、

「被告国は原告に対し二〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和三五年一一月一日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと。

訴訟費用は同被告の負担とする。」

との判決を求め、第一次的申立の請求原因として、

一、被告山口県知事は、昭和二四年三月五日付で自作農創設特別措置法(以下「自創法」という)三条に基づいて、訴外伊藤勝正の所有であつた別紙目録(一)記載の農地(以下「本件農地」という)につき、買収期日を同月二日と定めて買収処分をなし、同法一六条に基づいて売渡期日を同日、売渡の相手方を原告として売渡処分をなした。原告はこれにより同日本件農地の所有権を取得し、同年四月一九日その登記を完了した。

二、ところが、同被告は、訴外伊藤勝正から本件農地のうち別紙目録(二)記載の土地(以下「本件土地」という)につき右買収及び売渡処分の取消申請その他これに関連する一切の権限を委任された訴外三好敏之の昭和三五年二月一五日付申請に基づき、同年五月一四日前記買収及び売渡処分のうち本件土地に関する部分を取消し、その頃原告に対し同日付指令農地第四二三号をもつてその旨を通知して来た。

三、しかしながら、同被告のなした右両取消処分は左のとおり違法である。

1、前記の如き申請権限の第三者への委任は、自創法、訴願法その他関係法令上認められておらず違法である。違法な申請に基づいてなされた右両取消処分は当然違法である。

2、右買収処分の取消申請は、自創法七条所定の異議申立と解されるところ、右申請は明らかに同条所定の期間(買収計画書縦覧期間内)を経過した後になされたものであるから違法である。右申請に基づいてなされた右両取消処分が違法であることは自明である。

3、本件土地について、前記買収及び売渡処分は何ら取消されるべき理由がない。即ち、本件土地の前所有者(被買収者)訴外伊藤勝正は炭鉱経営者であつて、農耕者ではない。しかして、同人は本件土地を一時炭鉱用私道に改造していたが、もともと本件土地は本件農地の一部であり、本件農地のための防水、排水、通路その他本件農地を水田として使用するために重要な土地である。それ故本件土地は本件農地に含ましめられて前記のとおり買収され、純農家たる原告に売渡処分されたものである。処分の理由を欠く同被告の前記両取消処分は違法であるというべきである。

4、仮りに本件土地の買収及び売渡処分につき、何らかの瑕疵が存していたとしても、

イ、本件土地の買収及び売渡処分のあつた日から、右両取消処分がなされるまでには、実に一一年の期間が経過している。かく長年月を経た後に行政処分の取消をなすことは、耕作者たる原告の地位を著しく不安定にし、自創法一条の精神に反するのみならず、原告の既得権を侵害するものである。かかる場合処分庁たる同被告は、もはや自らその処分の取消をなすことを得ないものであり、これを敢てした同被告の右両取消処分は権利の濫用であり違法である。

ロ、原告は、本件土地につき昭和二五年四月一九日前記売渡処分による所有権移転登記を完了して以来、所有の意思をもつて平穏且つ公然に本件土地の占有を継続し、占有の初め善意にして且つ無過失であつたから一〇年の期間の経過した昭和三四年四月一八日時効によりその所有権を取得している。よつて、今にして本件土地の所有権を前記伊藤勝正に復帰せしめるが如き、前記買収及び売渡処分の取消はもはや許されず、これを敢てした同被告の右両取消処分は違法である。

以上の如く、右両取消処分は違法であるから取消を免れない。それ故原告は右両取消処分を不服として昭和三五年六月一日農林大臣に対して訴願を提起したが、既に三カ月を経過したのにその裁決を得られないので本訴請求に及んだ。

と述べ、第二次的申立の請求原因として、

もし、第一次的請求が認められない場合には、原告は被告国に対してつぎのとおり請求する。即ち前記両取消処分は被告国の公権力の行使に当る公務員たる被告山口県知事がその職務を行うにつき故意又は過失によつてなした違法な処分である。原告はこれによつて合計二八二、九八五円の損害を蒙つたから被告国に対してそのうち二〇〇、〇〇〇円の賠償とこれに対する右債権発生の日の後である昭和三五年一一月一日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払いを求める。

1、本件土地の売渡処分を原因とする所有権移転登記の日(昭和二五年四月一九日)から右取消処分の日(昭和三五年五月一四日)までに原告が納入した固定資産税(坪当り二円七七銭)の総額二、〇六〇円。

2、本件土地の地価(坪当り三、〇〇〇円)相当の損害金二二五、一四〇円。

3、右1記載の期間内に原告が本件土地の管理、改修、維持等に費消した金員の合計額五五、七八五円。

と述べ、被告山口県知事の本案前の抗弁を争い、同被告の主張は本件土地の買収及び売渡処分が当然無効であることを前提とするものであるところ、前叙のとおり右買収及び売渡処分には何ら瑕疵はなく何れも有効であるから右主張は失当である。

と述べた。

被告山口県知事指定代理人は、本案前の申立として

「原告の被告山口県知事に対する本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決を求め、その理由として、

本件土地は、昭和二一年以前から訴外伊藤勝正が石炭搬出用道路として使用し、且つ一般人も通路としてこれを使用していたものであつて、被告山口県知事がその買収及び売渡処分をなした昭和二四年三月二日当時は、明らかに農地ではなかつた。従つて本件農地に対する右各処分のうち本件土地に関する部分は重大且つ明白な瑕疵のある無効な処分であり、被告山口県知事は本件土地に対する右各処分につきその無効であることを確認し宣言する意味で原告主張のとおりの各取消処分をなしたものである。それ故、右各取消処分は本来の取消処分とは異り法律上何ら効果を生ずるものではなく、抗告訴訟の対象とはなり得ない。

仮りに右各取消処分が抗告訴訟の対象になるとしても、右各取消処分は原告の法律上の地位に何ら影響を与えないから、原告は右各取消処分の取消を訴求する利益を有しない。

と述べ、被告両名各指定代理人は、本案の申立として

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決を求め、原告の第一次的請求の原因に対する答弁ならびに主張として、

一、請求原因第一項の事実中、昭和二四年三月二日当時別紙目録

(一)記載の土地全部が農地であつたことならびに同日原告が本件土地の所有権を取得したとの点は否認し、その余は認める。

当時本件農地の登記簿上の地目は雑種地であり、殊にそのうち本件土地は被告山口県知事が本案前抗弁において述べたとおり当時から現在に至るまで道路である。

二、同第二項の事実中、訴外三好敏之の申請があつたこと、被告山口県知事が原告主張のとおり各取消処分をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

右取消処分は、訴外三好敏之の申請に基づいて、これに対してなしたものではなく、同人の申請を契機として被告山口県知事において調査した結果、同被告の前記本案前抗弁の主張のとおり、本件土地は明らかに農地買収の対象たり得ず、これが買収、売渡をなした各処分は当然無効であることが判明したため、その無効を確認し、宣言する意味で被告山口県知事において右各取消処分をなしたものである。

三、同第三項の主張は争う。

同項の1、2の各主張は、被告山口県知事のなした右各取消処分が、訴外三好敏之の申請に対してなされたものであることを前提としているから失当である。

同項の3の事実中、本件土地の前所有者(被買収者)伊藤勝正が炭鉱経営者であつて農耕者ではないこと、本件土地が炭鉱用私道に供されていたこと、本件土地が本件農地に含ましめられて買収、及び売渡処分されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

同項の4のイの主張は、本件土地に対する買収及び売渡処分が狭義(本来)の取消処分であることを前提としているから失当である。

同項の4のロの主張は、右各取消処分の取消原因とはなり得ない。

と述べ、被告国の指定代理人は、

原告の第二次的請求の原因はすべて争う。

と述べた。

(証拠省略)

理由

先ず、被告山口県知事の本案前の抗弁について判断する。

同被告は、本件各取消処分は買収及び売渡処分の当然無効であることを確認し、宣言する意味でなしたものであるから何ら法律上の効果を生ぜず従つて抗告訴訟の対象たり得ないのみならず原告は訴の利益を有しない旨主張する。しかしながら、右各取消処分の対象たる本件土地の買収及び売渡処分により(それが本来無効なるものであつたにもせよ)一応原告がその所有権者となりその登記も了していることは当事者間に争いのないところである。

してみると、右各取消処分はそれが右原告の法律上の地位(所有名義人)に影響を与えることは明らかであるから抗告訴訟の対象となりうるのみならず、原告は、当初の買収及び売渡処分の有効なることを主張して右各取消処分の取消を求めているのであるから、訴の利益を有することもまた明白である。右本案前の抗弁は理由がない。

そこで、本案について判断する。

一、第一次的請求について、

請求原因第一、二項の事実中、昭和二四年三月二日当時別紙目録

(一)記載の土地が登記簿上農地であつたこと、本件土地が同日原告の所有に帰したこと及び各取消処分が三好敏之の申請に基づいてなされたとの点を除きその余の事実は当事者間に争いがない。

被告山口県知事は、本件土地の買収及び売渡処分の各取消処分は、右買収及び売渡処分が重大且つ明白な瑕疵を帯有し当然無効であるためこのことを宣言する意味でなしたものである旨主張するのに対し、原告はこれを争つているのでこの点について審究する。

成立に争いのない甲第二号証、第五号証、証人白井半治、同大井高作、同伊藤勝正、同三好敏之の各証言ならびに原告本人尋問の結果及び検証の結果を総合して考察すると、

「本件農地(別紙目録(一))はもともと一筆の田地で、同所二五七三番地との境界線に当る本件土地附近は、畦道であつたが、昭和三年一〇月頃炭鉱業者であつた訴外木曾重信が本件農地の所有権を取得し、石炭搬出のために本件土地附近の畦道を馬車の通れる程度(巾約六尺)に拡張して使用していたが、昭和二〇年三月二七日炭鉱業者たる訴外伊藤勝正が木曾重信から本件農地を譲受け、引続き右通路を石炭搬出用道路として使用していたが、同訴外人は、昭和二三年七月八日右地番の地目を雑種地に変換したうえ、右道路の巾員を拡げて、本件土地たる現在の道巾(巾員約一三尺)にし、トラツクを用いて石炭の搬出等をなし一般の通行の用にも供されていた。

その後、昭和二四年四月二日本件農地(本件土地を含む)につき、前認定の買収及び売渡処分がなされ、昭和二五年三月二一日その地目は田に変換されついで伊藤勝正も炭鉱を閉鎖したが、本件土地たる右道路は附近にある民家三戸ならびに診療所へ通ずる唯一の道路として現に一般に利用されている」

ことを認めることができ、他に右認定を左右するに足る措信すべき証拠はない。

右事実によると、被告山口県知事が買収及び売渡処分をなした昭和二四年三月当時、本件土地は既に適法に道路となつていたものであるから、自創法三条による買収処分の対象にはなり得なかつたことは明らかである。他に右認定を覆えして原告の主張を認めるに足る措信すべき証拠はない。従つて、本件土地に対する買収及び売渡処分には重大且つ明白な瑕疵があり、無効な処分であるといわなければならない。

しかして、被告山口県知事のなした本件各取消処分は、右無効な行政処分が外観上拘束力を有するものの如くして存在しているので、法律関係を明確ならしめる意味において処分庁として自らその無効なることを宣言したものであることは弁論の全趣旨からこれを認めることが出来、右認定に反する証拠はない。

しかして、処分庁自ら自己のなした行政処分の無効を宣言する意味で形式上取消処分をなすことは差支えないところであるから、以下原告の主張する違法事由について検討する。

請求原因第三項の違法事由中、取得時効に関する主張は、所有権確認請求ならともかく、本件各取消処分(無効宣言)自体とは直接の関係は何ら存せず、その余の違法事由は右各取消処分が申請(異議申立)に基いてなされた狭義の取消処分(取消処分がある迄は処分は有効)であることを前提としているか、本件土地が農地であることを前提としているものであるところ、前認定のとおり本件土地は農地でなく、従つて本件土地の買収及び売渡処分は当然無効なものであるから、何れも理由がない。

原告の被告山口県知事に対する請求は理由がなく棄却を免れない。

二、原告の第二次的請求について、

原告は被告国に対する請求の原因として、被告山口県知事の違法な取消処分により損害を蒙つた旨主張しているが、前述のとおり、無効な行政処分につきその処分庁において自ら無効を宣言し法律関係を明確ならしめることは何ら差支えなく、右無効宣言に代えて形式上取消処分をなすことももとより認められるところである。しかして、本件各取消処分は右無効宣言の意味であること前認定のとおりであり、他に右各取消処分が違法であることを認めるに足る証拠はない。

よつて、その余の事項の判断をまつまでもなく、原告の被告国に対する請求は理由がなく、棄却を免れない。

以上の次第であるから、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 平井哲雄 小林優 中村行雄)

(別紙目録省略)

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